19世紀のドイツ・グラスヒュッテの時計産業に優れた技術と革新、時計学校をもたらした偉人モリッツ・グロスマンを知っていますか?
毎時18000振動という、クラシックなロービートでテンプとヒゲゼンマイとが時を刻みます。完璧な重量バランスと偏心の軽減で超高精度を実現しました。
今回は、モリッツグロスマンのアトゥムとベヌーの時計を価格と合わせて性能的に徹底評価してみました。
モリッツグロスマン!クラシツクに見せた合理的な最新設計
日本上陸を果たした際にもたらされた主要3モデルのムーブメントは、どれも懐中時計と見紛うほどの巨大なテンプを備えている。
その直径は14.2mm! 大きなテンプは慣性モーメントも大きく、精度は安定する。
ヒゲゼンマイも終端を持ち上げ、内側に独自の曲線で曲げることで振動時の偏心を極力減らした高精度設計です。
さらに「ベヌー・パワーリザーブ」と「アトゥム」とが積むグロスマン製テンプは、 4つの質量ネジと真ん中の一対になった親チラネジに加え、側面に設けた22個の穴を必要に応じて拡張することで完壁な重量バランスが図れる設計になっている。
チラネジを外周から下げた位置に付けているのは、振動時の空気抵抗を減らすためです。
アトゥム
シンプルな植字バーインデックスは丁寧な鏡面仕上げで、シルバーダイヤルと色と輝きのコントラストを成す。
細身のベゼルでスタイリッシュなクラシック感を与えた。手巻き。
径41 mm。18KRGケース。アリゲーターストラップ。
310万円。
ベヌー・パワーリザーブ
ダイヤル上の細いスリットに現れる白と赤とで、巻き上げ残量を知らせる仕組みに。
端正なデザインを極力損なわず、巧みに機能を追加した。
グレーのダイヤルも気品を放つ。手巻き。径41mm。18KWGケース。アリゲーターストラップ。
370万円。
ベヌー
新生グロスマンの記念すべきファーストモデル。
アラビア数字を置いたダイヤルは、スモールセコンドを一段下げた立体的な造作で、表情は豊かだ。
ケースの仕上がりも見事。手巻き。径41mm。18KRGケース。アリゲーターストラップ。
270万円。
段差にチラネジを取り付け、空気抵抗を減らした。重量バランスを取る小さな穴も見える。
ピンセットでつまんだ、ヒゲゼンマイの終端カーブは一般的なブレゲひげとは異なり、グラスヒュッテの調速師グスタフ・ゲルステンベルガーの理論を採用する。
テンプも手作業で自収りし、鏡面仕上げを施す。
モリッツグロスマンの巻き上げ機能に注目
手巻きの時計に命を吹き込む巻き上げ機構も、モリッツ・グロスマンは革新的。
独自の構造と他社にはない素材を駆使して、メンテナンス性と耐久性を向上させた。
これら上記の3モデルは、いずれも手巻きムーブメントを搭載する。
つまり巻き上げはリューズで行う。ゼンマイが駆動する他のパーツと異なり、巻き上げ機構は手で動かすためかかる力ははるかに大きく、故障が出やすい。
それをモリッツ・グロスマンはユニット化することで単独で取り出せるようにし、メンテナンス性を向上させた。
さらにリューズから伸びる巻芯は、ユニットにビス留めされたベリリウム銅を筒状にした軸受けによって取り付けられている。
ベリリウム銅は硬く弾1生にも優れ、外力による歪みに強い合金。摩擦にも強く、巻芯と軸受けとを密着させることで長期間に亘り高い潤滑性を維持し、巻芯の摩耗を軽減する。
摩耗という巻き上げ機構の弱点を克服した、技術的な進化だと思います!
どのモデルも裏蓋から、ケースにみっちり収まる手仕事で仕上げた美しいムーブメントが姿を見せる。
コールドシャトンに収まる穴石はホワイトサファイア製。リューズも根元に窪みがある独自の形状で、引き出しやすい。
上がベヌー、下がベヌー・パワーリザーブとアトゥムの巻き上げ機構。
それぞれユニット化されている。上の写真で巻芯の根元に、ユニットにビス留めされた軸受けが見える。
オレンジ色の部分がベリリウム銅。
モリッツグロスマンのストップ・セコンド機構
ストップ・セコンド機構は、正確な針合わせに欠かせないスタンダードなメカニズムです。
誰も疑問に感じていなかったその仕組みに、モリッツ・グロスマンはメスを入れたのです。
針合わせの際、リューズを引くと秒針が止まる―ストップ・セコンド機構を備えるムーブメントは、他社にも数多く存在する。
そのどれもが、リューズを引いたと同時に小さな板バネがテンプに接触して動きを止める仕組みになっている。
この機構にもモリッツ・グロスマンは独創性を発揮する。
長く強い板バネを用い、テンプではなく、その同軸で一緒に振動しアンクルを動かす二層構造の振り座にブレーキを掛ける構造としたのだ。
テンプを止める従来のシステムでは、板バネが接触した際の衝撃がダイレクトに繊細なヒゲゼンマイに伝わる。
しかし振り座を止めるこのシステムなら、ヒゲゼンマイに伝わる衝撃は小さい。
上の図が通常の状態。
巻き上げ機構のユニットから伸びるアームには、硬く長い板バネが取り付けられている。
その板バネの終端の下にあるのが振り座。
リューズを引くと、巻芯の上に取り付けた爪が右の図のように動いてアームを下げ、板バネの終端を振り座に接触させ、エスケープメント全体の動きを停止させる。
モリッツグロスマンの究極の針
ムーブメントを革新すると同時に、伝統的な手仕事による完壁な仕上げにもこだわる。
そんな上質な仕上げを象徴するのが針。ハンドメイドが、美と視認性を両立します。
ベヌーとアトゥムとでは、わずかに形状が異なるが、モリッツ・グロスマンは独自にデザインしたランセット(柳葉)型の針を用いている。
極めて細く設えられた先端はインデックスの1つ1つを確実に示し、菱形の膨らみが針の存在感を高め、優れた視言恐性を叶えている。
この針は自社製造。全体はわずかに丸みを帯び、鋭利な先端を持つ形状は、すべて手作業で整えられている。
さらにRGと一部のWGのモデルには、スチールを焼き戻し、一般的なブルーではなく、ブラウンバイオレットまたはブラウンに発色させた針を組み合わせた。
焼き戻しの作業も手仕事で、この色調になるわずかな温度範囲を職人の勘で決めている。
1本ずつ手仕上げで行われる焼き戻し工程。
温度変化でスチールに生じる表面被膜の色は変わり、ブルーになる直前で止める。熱源は昔ながらのオイルラン式
高速回転する木製の円盤に1本ずつ針を当てて、完壁なポリッシュ仕上げを施す。
シルバーの針の仕上げも同様
モリッツグロスマンのドイツのモノ作りへの姿勢
針合わせ後にリューズを戻すと、わずかに分針が動いてしまう。これが針飛びである。
機構的な宿命である針飛びを、高精度にこだわるモリッツ・グロスマンは許さない!
基本的な機械式ムーブメントでは、二番車が分針の動きを司る。
そのダイヤル側に突き出た軸には、高い筒を中心に備える歯車=筒カナが圧着され、それに分針が取り付けられている。
筒カナは通常は二番車と一緒に動き、針合わせの際には時間調整用輪列と噛み合い、リューズを回す力で二番車の軸から滑って針を動かす。
そしてリューズを戻し時刻調整用輪列と切り離される際、筒カナが動いてしまうのが針飛びの原因だ。
それを防止するためモリッツ・グロスマンは、規制バネを筒カナに取り付けた。
これが適度なプレッシャーを与えることで、針合わせ後にリューズを戻した際、筒カナが滑らないようにしたのだ。これで針合わせは常に完璧に。
二番車の軸のダイヤル側に被せるように取り付けられた筒カナの上に規制バネが設置されている。
そのテンションで筒カナを押さえ、リューズを戻し、時刻言周整輪列から切り離される際の余計な動きを規制する。
他社にはない、独自の言館十で完壁な針合わせができる。
針飛び防止用の3つ足になった規制バネ。
中央の穴を筒カナに通し、 3つの板バネで適度なテンションを掛ける。
この規制バネがツ強すぎると針合わせの際の筒カナの滑りが悪くなり、リューズが重くなるため、 3つのバネの強さは慎重に決められている。
モリッツグロスマンの独創的・緩急針調整機構に注目!
モリッツグロスマンが誇る高精度なテンプとヒゲゼンマイは、19世紀に考案された緩急調整機によって微細な歩度調整が可能。
ネジの上を緩急針が動くメカニズムは、目から鱗だ!
前述の巨大なテンプに備わる巻き上げヒゲゼンマイには、独自の緩急針調整機構が備わる。
細く尖らせた緩急針の先端は、ネジの上に載り、ネジを回すことで緩急針を動かし、歩度調整する仕組みだ。
これは、19世紀にモリッツ・グロスマンが考案した緩急調整機を進化させたもの。
ネジのビッチは極めて細かく、微細な歩度調整を可能とし、高精度が得られる。
忘れられていた優れた機構を掘り起こし、現代に蘇らせた。
見た目にも美しく、他にはないオリジナリティを感じさせるね!
美しいハンド・エングレービングが施されたテンプのブリッジに埋め込まれたネジに緩急針の先端が載る。
ネジを回す方向によって±の微言周整ができる。緩急針と調整用のネジのポリッシュ仕上げも完壁。
モリッツ・グロスマン式ワインダーに注目!
メンテナンス性と耐久性とに優れる独自の巻き上げ機構には、針合わせのメカニズムにも独創的なアイデアが込められている。
長期的な防塵・防湿をかなえるアイデアに驚きました!
リューズを引くとムーブメントが停止して針合わせができるのは、従来と同じ。
しかしその際、進化した巻き上げ機構ではリューズはすぐに元に位置に戻るのだ。
そして針を合わせた後に、リューズの下のボタンを押すと巻き上げモードに切り替わり、ムーブメントが動きだす。
これは、針合わせ中に巻芯の隙間からホコリや湿気がケース内部に侵入することを防ぐためのアイデア。
慎重で合理的なドイツ人気質は、時に我々の想像を超えるメカを生み出します。
ドイツ時計恐るべし!
巻き上げ機構のユニット上にある板バネと爪、アームによって、巻き上げ輪列と針合わせ輪列とが切り替えられる構造に。
針合わせ後にリューズを押しこむことで生じる針飛びも防止できる。
リューズとボタンのダブル操作は、慣れるとかなり使いやすい。
モリッツ・グロスマンムーブメントのピラー構造に注目!
いくつもの革新性を秘めながら、その外観はいかにも古典的。
伝統と革新が交錯するモリッツ・グロスマンのムーブメントは、構造にも失われた伝統を蘇らせ、グラスヒュッテの歴史を宿す。
モリッツ・グロスマンのムーブメントは、テンプの全容が見えるよう円弧状の切り欠けを設けた2/3プレートで覆われている。
徹底的に手仕上げされたプレートは、優れた美観を表す要素の1つ。そのプレートは、ピラー(支柱)によって地板とつながれている。これも19世紀のグラスヒュッテにあったスタイル。
ピラーによって生じる隙間から歯車の噛み合わせ具合や取り付け高さの調整を可能とする。
懐中時計時代の構造の再現。古典と革新とがムーブメントに同居しています!
プレートの左右に地板とつなぐピラーが見える。
面取りしたプレートのエッジは徹底的に手で磨かれ、ビスにもブラウンバイオレットのスチールを用いるなど、鑑賞に値する優れた審美性を備えている。
1882年にモリッツ・グロスマンが製作したクロノメーター・ムーブメントNo.5306。
2/3プレートは、やはリピラーでつながれている。
そのプレートのデザインやエングレービングを施した段差付きのテンプ受けなどを、現代にそのまま継承する。
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